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大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)2707号 決定

債権者

竹本真一

右代理人弁護士

町田正男

西澤圭助

水永誠二

債務者

東海旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

須田寛

右代理人弁護士

中町誠

中山慈夫

主文

一  債権者は、債務者が平成五年八月三日付けでなした債権者に対する債務者新幹線鉄道事業本部関西支社大阪第一車両所技術係を命ずる旨の転勤命令に従う労働契約上の義務を負わない地位にあることを仮に定める。

二  債権者のその余の申立てを却下する。

三  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

一  主文第一項と同旨

二  債務者が平成五年七月二七日債権者に対してなした別紙処分目録(略)記載の減給処分の効力を停止する。

三  債務者は債権者に対し金六六九八円を仮に支払え。

第二事案の概要

一  前提となる事実(争いのない事実及び証拠上明らかな事実)

1  当事者等

(1) 債務者は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が昭和六二年四月一日に分割・民営化された際、東海地方を中心にして、東海道新幹線をはじめとする旅客鉄道輸送等を業とする株式会社として発足したもので、肩書地に本社、名古屋市に東海鉄道事業本部、東京都に新幹線鉄道事業本部、静岡市、大阪市に支社、津市、飯田市に支店を置く、社員数約二二五〇〇名(平成五年八月一日現在)を擁する会社である。

債務者は、東海鉄道事業本部及び新幹線鉄道事業本部の二鉄道事業本部をもって構成されており、新幹線事業本部は、関西支社を置くほか、管理部、運輸営業部、車両部、施設部、電気部を置く。

(2) 債権者は、昭和五三年六月に国鉄に入社し、米子鉄道管理局浜田機関区を経て、昭和六一年一一月に国鉄新幹線総局大阪第二運転所新幹線電車運転士となり、昭和六二年四月一日の国鉄分割民営化に伴い債務者に採用され、新幹線運行本部大阪第二運転所(その後の組織変更により新幹線鉄道事業本部関西支社大阪運転所となった。)運転士として配属され、新幹線運転士の業務に従事してきた。

(3) ジェイアール東海労働組合(以下「JR東海労」という。)は、東海旅客鉄道労働組合(略称JR東海労組)に所属していた組合員ら約一二五〇名によって平成三年八月一一日に結成された労働組合であり、債権者は、債務者発足当時はJR東海労組に加入していたが、JR東海労の発足と同時に同組合の組合員(大阪運転所分会所属)となり、本件処分当時まで分会の執行委員を務めていた。

2  配置転換命令及び処分

(1) 債務者(関西支社長)は、平成五年七月二七日(以下の日付けで年度の特定のないものはすべて平成五年のものである。)、債権者に対し、「大阪第一車両所車両技術係(一級)を命ずる(八月三日付)」(以下「本件命令」という。)旨の事前通告書を交付した。

(2) 債務者は、前同日、債権者に対し、別紙処分目録記載のとおり、「平均賃金の二分の一減給する」旨の処分(以下「本件処分」といい、本件命令及び本件処分を総称して「本件命令等」という。)を行った。

債権者は、八月二五日、本件処分に基づき四月ないし六月分の支給賃金(手当を含む)の合計額を右期間の日数(九一日)で除した一日平均の賃金の二分の一である金六六九八円を減給された。

3  本件命令等に至る経緯

(1) 債務者は、平成四年三月一四日のダイヤ改正から、東海道新幹線において、最高速度時速二七〇キロメートルで東京・新大阪間を二時間三〇分で結ぶ「のぞみ」を一日二往復運行し、平成五年三月一八日のダイヤ改正以降、一時間上下各一本ずつ「のぞみ」を増発し、一日に上下合計三四本を運行することとなった(また、山陽新幹線に乗り入れ博多まで延長して運行されるようになった。)。

(2) 「のぞみ」は「三〇〇系車両」といわれる新型車両を使用しているが、同新型車両は、運行開始まもなくの平成四年五月六日、「のぞみ」用三〇〇系車両を使用した「ひかり」二三八号で車体の一部部品が脱落し、本線上で四時間以上立ち往生する事故を起こしたのをはじめ、その後窓ガラスのひび割れ、ボルトの緩み・落下、車体カバー等の亀裂など故障事故が相次いだ。

さらに、右新型車両は、四月四日、「のぞみ」三〇四号が最高速度の時速二七〇キロメートルで岐阜羽島駅を通過する際、線路のバラストを跳ね上げ、ホーム上にいた旅客に当たり怪我をさせる事故を発生させた。(〈証拠略〉)

(3) 債務者は、バラスト跳ね上げ事故防止のため、バラスト面を約五センチメートル下げる緊急工事を行うなどの対策を採ったが、四月三〇日、「のぞみ三〇二号」が豊橋駅を通過した際、下りホーム上にいた旅客にバラストが当たるという事故が発生した。(〈証拠略〉)

(4) JR東海労は、「のぞみ」の度重なる事故・故障等について、債務者に対し、再三にわたり、原因の究明と安全対策を要求していたが(〈証拠略〉)、バラスト跳ね上げ事故は高速運行が最大の原因であり、債務者の対策では不十分であると考え、五月二一日から、一日二名ないし一二名の東京運転所及び大阪運転所所属の同労組組合員である運転士に、時速二七〇キロメートルでの通過駅である岐阜羽島駅、三河安城駅、新富士駅を時速二三〇キロメートルで通過するという減速運行を指令した。(〈証拠略〉)

(5) 債務者は、「のぞみ」の右三駅減速通過運行は運転士としての債務の本旨に従わない不完全な労務の提供であるとしてその受領を拒否することとし、JR東海労から減速闘争への参加者として通知を受けた者に対し、ある「仕業」(始業時刻から終業時刻までの乗務列車の組み合わせの単位、例えば、新大阪―「ひかり」―東京―「のぞみ」―新大阪―「ひかり」―東京―「ひかり」―新大阪)のうち、「のぞみ」部分のみの就労を拒否し(この部分の賃金をカットする。)、右就労拒否により発生する次の乗務先への移動費用については自己負担とし、また、移動中の制服の着用を禁止する旨命じた。

なお、JR東海労は、債務者のこの就労拒否等について、東京都労働委員会に対し不当労働行為救済申立(平成五年不第二五号)をするとともに、東京地方裁判所に対し、右カットされた未払賃金等の支払を求めて訴訟(平成五年ワ第一四〇〇〇号)を提起した。

(6) 債権者は、七月一〇日、前日から当日にかけて、第二五六仕業といわれる泊まりの交番(勤務割)であった。

その内容は、七月九日一二時五一分、大阪運転所で出勤点呼(この時までに制服、制帽を着用し、運転当直との間で出勤の確認をするとともに当日の心身の状況等を申告し、運転当直から乗務員仕業票を交付される)を受け、新大阪駅一三時四三分発「ひかり」一一二Aを運転して東京駅まで行き、東京駅から一九時三一分「ひかり」一二七五Aを運転して大阪運転所に戻って、そこで泊まり、翌一〇日は新大阪駅八時二六分発「ひかり」二二〇Aを運転して東京駅まで行き、東京駅一四時五六分発の「のぞみ」一九Aを運転して新大阪駅まで戻り、大阪運転所で一八時一二分退出点呼(終了点呼ともいう。運転士が自らの所属する運転所に帰着の際、運転当直に対し、乗務員仕業票、ハンドル等を返納し、運転状況や車両状況等を記載した仕業報告書を提出するほか、次仕業の確認を行い、乗務日誌に運転当直の捺印を受け退出する。)を受けるというものであった。

なお、債務者の新幹線運転士は車掌の業務も兼任しており、下り列車の場合は豊橋駅まで、上りの場合は浜松駅までは運転士(または車掌)として乗務し、同駅から車掌(または運転士)として乗務することになっている。

そのため、新幹線運転士は、仕業点呼(乗務開始にあたり、運転当直より仕業番号、業務内容、注意事項等を伝達、確認し、当該乗務行路における具体的作業指示を行う点呼)の前に、車内で乗車券の発券などを行うための携帯型車内券発行機(以下「車発機」という。)や釣銭などを受け取って乗務し、乗務終了時より退出点呼(終了点呼)前の準備時間に売上金の精算手続・授受などを行うとともに、「車発機」の返納を行うことになってる。

(7) 債権者は、七月九日、交番どおり大阪運転所において釣銭や「車発機」等を渡され、「ひかり」一一二A及び一二七五Aに乗務して新大阪・東京駅間を往復した後、現金及び「車発機」等を貴重品袋に入れて「概算担当者」(車発機及び現金の精算、収受を行う担当する者、以下「概算」という。)に預けて泊まり、翌七月一〇日、「概算」から「車発機」等を受け取り、東京駅まで「ひかり」二二〇Aに乗務した。

(8) 債権者は、交番上は(7)に引き続き一四時五六分東京駅発の「のぞみ」一九A乗務の仕業であったが、JR東海労から債務者に対し債権者が「のぞみ」一九Aで減速闘争を行う旨通知していたため、債務者から予め「のぞみ」一九Aの労務の受領を拒否すること、車発機及び現金等は東京運転所で返納すること、移動に関しては自費で行い制服の着用は認めないことを通告されており、右同日一二時〇八分、東京運転所の二階堂助役から、あらためて「のぞみ」一九Aの労務の受領拒否を告げられるとともに、現金の精算や車発機等の返納を求められた。(〈証拠略〉)

しかし、債権者は、債務者の「のぞみ」の労務の受領拒否は違法・不当であると考えていたため、二階堂助役らと押し問答の末、結局、現金の精算や車発機等の返納には応じず、これを大阪運転所に持ち帰った。(〈証拠略〉)

(9) 債務者は、債権者の右行為を業務命令違反ととらえ、七月一一日から八月二日までの間、債権者を日勤勤務に勤務変更し、新幹線の乗務を停止させ、大阪運転所内の一室において、債権者に反省を促した。

二  主張

1  債権者

債権者の主張の概要は次のとおりであるが、その詳細は、地位保全仮処分申立書及び各主張書面(六通)のとおりであるから、これを引用する。

(1) 労働契約違反

債権者と債務者間の労働契約は、債務者大阪運転所を勤務場所とする新幹線運転士としての職種限定契約であり、したがって、債権者の同意のない配置転換は無効である。

(2) 懲戒権・配転命令権の濫用

債務者の就業規則上、転勤・転職等の命令につき「業務上の必要性」が要件とされているが、本件命令には業務上の必要性がなく、本件命令等は、JR東海労の「のぞみ」減速闘争に対する報復、嫌がらせとしてなされたものであるから、本件命令等は懲戒権・人事権を濫用してなされたものであり、いずれも無効である。

なお、車発機の大阪運転所への持ち帰りは藤林助役、大西助役により容認されたものであるから、何ら業務命令違反といわれる余地はない。

2  債務者

債務者の主張の概要は次のとおりであるが、その詳細は、答弁書及び各主張書面(四通)のとおりであるから、これを引用する。

(1) 本案前の抗弁

本件のような仮処分は、その内容の実現が専ら債務者の意向に依存しており、強制執行をなしえず、違反についての効果もないという意味で、任意の履行を期待する仮処分でしかなく、申立自体が不適法である。

(2) 債権者がとった、上長の度重なる業務命令に従わなかった行為及び自分の判断で勝手に会社の現金等を持ち歩いた行為は、就業規則三条、一一条、四八条、現金出納事務取扱細則、運輸収入事務取扱細則、経理規程等の社内規則に違反するものである。

したがって、就業規則一四〇条一号、二号及び一二号に基づきなされた本件処分は正当であり、その量定も適切妥当なものである。

(3) 債権者の非違行為(業務命令を無視した車発機等の持ち帰り行為)自体が運転士(車掌業務を兼務する)としての不適格を示すものであるが、その後運転士としての適格性に関する教育訓練を相当期間行ったにもかかわらず、債権者は右非違行為を含め、自分が納得しない業務命令には従う必要はないとの主張に固執し、反省の態度を示さないことから、もし運転士業務を継続させた場合には、上司との対立や自分勝手な行動による職場秩序規律違反を生じさせるばかりでなく、安全性と信頼性が不可欠な新幹線運転業務及び出納担当者として要求される現金管理業務にも支障が生じることが明らかである。

したがって、本件命令には業務上の必要性が認められる。

三  争点

1  本件仮処分申立の適法性

2  債権者と債務者との間の労働契約が職種限定契約と認められるか。

3  本件処分が懲戒権を濫用してなされたものか。

債権者に業務命令違反があったか。

4  本件命令が配転命令権を濫用してなされたものであるか。

本件命令が業務上の必要に基づくものといえるか。

5  保全の必要性

第三判断

一  争点1について

債務者は、本件のようないわゆる任意の履行に期待する仮処分は申立自体が不適法である旨主張するが、仮処分裁判所による一応の公権的判断が示されることにより、多少なりとも債務者の任意の履行が期待できる場合には、かかる仮処分も無意味ではなく、法律上も許容されると解すべきである。

本件の債務者は、公共交通機関の一翼を担う日本を代表する有数の会社であることは公知の事実であって、裁判所の公権的判断に対し、主観的にも客観的にも任意の履行を十分期待することができるのであるから、本件仮処分の申立は適法である。

二  争点2について

1  疎明資料(〈証拠略〉)によれば、債権者が、昭和六二年三月一六日ころ、東海旅客鉄道株式会社設立委員会から、同年四月一日付けで、所属を新幹線運行本部、勤務場所・職名を大阪第二運転所・運転士(二級)などとする通知書を受け取ったことが一応認められ、債権者は、これを根拠に勤務地・職種限定契約がなされた旨主張する。

2  しかしながら、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、国鉄の分割民営化に伴う債務者への採用手続の際に債権者に明示された「職員の労働条件」には「就業の場所」には何らの限定もなく、「従事すべき業務」として「旅客鉄道事業及びその附帯事業並びに自動車運送事業その他会社の行う事業に関する業務とします。なお、出向を命ぜられた場合は、出向先の業務とします。」と記載されており、また、債権者を含めた当時の国鉄職員への採用通知にも勤務地・職種の限定は一切されていない上、債権者に適用される就業規則(二八条)には「会社が業務上の必要がある場合は、社員に転勤・転職・昇職・降職・昇格・降格・出向・待命休職等を命ずる。」「社員は、前項の場合、正当な理由がなければこれを拒むことはできない。」と規定されていることが認められる。

これらの事実に照らせば、前記1記載の通知書は、単に債権者の採用時当初の勤務条件を記載したに過ぎないものと認めるのが相当で、これをもって勤務地・職種限定契約がなされたまでは認めることはできず、他に勤務地・職種限定契約の存在を疎明する資料は存しない。

3  債権者は、新幹線運転士の高度の専門性、債権者の債務者への採用の経緯、債務者発足後の昇進ルート及び配転慣行等種々の理由を掲げて勤務地・職種限定契約の存在を主張するものの、いずれもその存在を推認するのに十分とはいいがたい。

三  争点3について

1  本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の事実が一応認められる。

(1) 債務者は、JR東海労から平成五年七月六日付けで、債権者が同月九日第二五六仕業の一番最後の「のぞみ」一九A行路(同月一〇日乗務となる)で減速闘争を行う旨の通知を受けた。

そこで、債務者大阪運転所の福田助役は、債権者に対し、債権者の前勤務の終了時となる七月七日の終了点呼に際し次仕業確認(勤務終了時に行う次の勤務日、仕業番号、出勤時刻等の伝達、確認行為)をした際、「あなたの所属する組合から、あなたがのぞみ号の減速行動を行うという通告がありましたので、会社としてのぞみ号に関する部分の就労を拒否します。また、移動に際しての制服の着用は認めません。」と通告するとともに、詳しいことは仕業点呼時に指示する旨伝えた。(〈証拠略〉)

(2) 福田助役は、七月九日一三時二〇分ころ、債権者の第二五六仕業の仕業点呼に際し、債権者に対し、通常の業務指示の他に「組合からの通告があることから、「のぞみ」一九Aの受領を拒否します。「ひかり」二二〇Aで到着したら、東京運転所の当直及び概算で車発機、収入金、釣銭等を納入してください。その後の作業指示については当直の方で指示があります。なお、移動に際しての費用は本人負担、移動に際しての制服の着用は認めません。」と指示した。(〈証拠略〉)

また、事前に債権者に交付された第二五六仕業の乗務員仕業票には「平成五年七月一〇日のぞみ一九Aに関する部分は受領を拒否する。7/10東京運転所 受領拒否開始時刻は一二時〇八分」との記載がある第二五六仕業記事票が添付されていた。(〈証拠略〉)

(3) 債務者は、減速闘争が開始された五月二一日以降、大阪運転所所属の運転士の下りの「のぞみ」の受領拒否をした場合には、東京運転所当直において大阪運転所管理者の立会いの下、受領拒否開始に伴う点呼を行い、その時点で車発機等を締切り、大阪運転所管理者にこれを大阪運転所まで持ち帰らせることとしていた。

そして、債務者は、七月一〇日、大西助役を債権者の東京運転所当直での受領拒否開始に伴う点呼の立会い及び車発機等の受領のため、藤林助役を大西助役が受領した車発機等を大阪運転所に持ち帰らせるため、それぞれ大阪運転所から東京に出張させていた。(〈証拠略〉)

なお、本来であれば、大阪運転所所属の乗務員は、乗務前に大阪運転所の「概算」から受け取った車発機等については、一作業の終了時すなわち終了点呼の前に、大阪運転所の「概算」に返納することになっている。

(4) 債権者は、第二五六仕業どおり勤務をこなし、七月一〇日一一時二一分東京駅着の「ひかり」二二〇Aから降車後、東京運転所一階の談話室で休息していたが、債権者の点呼に立ち会うためにすでに東京運転所で待機していた大西助役から時間までに車発機を締め切るように指示されたにもかかわらず、締切行為は行わずに、車発機を持たないまま、一二時六分、二階の当直に向かった。(〈証拠略〉)

(5) 東京運転所の当日の当直助役であった二階堂助役は、七月一〇日一二時六分、債権者に対し、「のぞみ」一九Aに関する受領を拒否することを通告するとともに、車発機の締切操作をして車発機と収入金等の現金を「概算」に返納するように指示し、次作業は大阪運転所七月一一日第二〇七仕業、一九時五八分出勤であることを通告した。

これに対し、債権者は、当該点呼が終了点呼であるのか、点呼終了後は勤務解放となるのか、何をしてもよいのか、居酒屋に行って酒を飲んでもよいのか、一九Aに乗りたい、遅れなければいいのではないか、運転台に行ったらどうなるのかなどと質問を繰り返した。二階堂助役は、「のぞみ」の受領拒否に伴う点呼であること、(一度は酒は駄目だと答えたがその後)点呼終了後は自分の時間であるから自分の判断で行動すればよい旨答えたものの、押し問答が続き、通常であれば一、二分で終了する点呼が一〇分間にも及んだので、あらためて「のぞみ」一九Aの受領を拒否する旨通告したところ、債権者は、当該点呼が終了点呼でない以上、車発機は締め切るべきではないとの考えに基づき、次仕業確認した後、乗務日誌に助役の次仕業の確認印も受けず、二階堂助役らの制止にもかかわらず、当直から立ち去った。(〈証拠略〉)

(6) 右点呼に立ち会っていた大西助役は、債権者を追いかけて一階談話室まで行き、制服から私服に着替えはじめていた債権者に対し、直ちに車発機を締め切るよう何度も説得したが、債権者が「大阪の車発機は大阪で締め切るのが定位や。」「大西さんには迷惑を掛けない。」などと答え、説得に応じる気配はなかったため、東京運転所の荒野助役に対し応援を求めた。(〈証拠略〉)

(7) 荒野助役から報告を受けた東京運転所の初澤所長は、すでに二階堂助役や大西助役が再三にわたり車発機の返納を指示しているにもかかわらず、債権者がこれに従っていないことから、もしこれ以上指示をしても任意に返納しなければ、業務命令違反として後日措置するしかないと判断し、荒野、藤林両助役に対し、債権者がどうしても応じなければ、やむを得ないから無理せず引き上げるようにと指示した。(〈証拠略〉)

(8) 藤林助役は、大西助役に初澤所長の指示を伝えるために談話室に赴いたところ、すでに着替えを終え、鞄に荷物を整理していた債権者に対し、大西助役が懸命に説得を繰り返している最中だったので、大西助役の腰付近を突っ付き、「大西さん、(車発機は)ここで締めなくてもよいそうです。」と伝えたため、大西助役も債権者に対する説得を諦め、藤林助役とともに談話室から引き上げた。(〈証拠略〉)

(9) 債権者は、私服で一三時東京発の「ひかり」二三三号で新大阪に向かったが、財布と収入金は制服とともにスーツケースに入れ、車発機と仕業カード等は暗証番号の鍵付きの鞄に入れて施錠し、新大阪に着くまで一度も席から離れなかった。

債権者は、新大阪駅に到着するや大阪運転所に赴き、制服に着替えた後、「概算」に行き、車発機を締切り、収入金とともに返納したのち、当直に行き、当直助役に仕業カードと仕業報告書を返した。(〈証拠略〉)

(10) なお、平成五年五月二一日から同年九月一四日までのJR東海労による「のぞみ」減速闘争期間中、延べ人数で三一八名(大阪運転所八九名、東京運転所二一九名)の減速運行の指名対象者があったが、受領拒否の際に当直助役の指示に従わずに車発機を持ち帰ったのは債権者一人だけであった。(〈証拠略〉)

2  右の事実によれば、債権者は、福田助役、二階堂助役、大西助役らから重ねて、東京運転所において車発機を締め切り、収入金等を返納するよう指示されているにもかかわらず、これを受け入れず、敢えて大阪運転所まで持ち帰ったことは明らかである。

債権者は、そもそも債務者の受領拒否が不当であり、本来の作業標準にない「受領拒否開始に伴う点呼」の性格が不明確であるから、本来の作業標準に従った自らの処理は妥当である旨主張するが、争議行為に対応するものであるから本来の作業標準に定めがないことも起こりうるのであって、すくなくとも車発機等を東京運転所で締め切ることについては、当初から責任ある管理者の一貫した指示があるのであるから、仮に債務者の受領拒否になんらかの問題があったとしても、そのことを理由に、一乗務員の個人的な判断で右指示に従わないことを正当化することはできないというべきである。

債権者は、藤林助役が車発機はここで締めなくてもよい旨の発言をしたことをとらえて、車発機の持ち帰りにつき債務者の承諾があったかのように主張するが、右発言は大西助役に対する事務連絡であり、かつ、そもそも債務者の指示に対する債権者の頑な拒否の態度が前提となり、それ以上無理をすることはないとの趣旨でなされたものであることが明らかであるから、これをもって債務者の承諾があったとは到底認められない。

なお、債権者は、東京運転所での点呼の際の二階堂助役の説明が不明確であったため、車発機等の持ち帰りを決意した旨主張するが、そもそも、債権者は、事前に明確な指示を受けていながら、東京運転所到着後点呼までの間に十分な時間があったにもかかわらず、車発機の締切りを行っておらず、点呼の際にも車発機等を持参していないなど、当初から債務者の右指示に従うつもりがなかったことは明らかである。

また、仮に、債権者の言うように、大西助役が別れ際、債権者に対し(車発機等を)大事に持って帰ってくれという趣旨のことを言ったとしても、それは本来車発機を持ち帰る任務を負っている大西助役が、やむを得ず債権者に託した際の感情の発露として発せられたものとみるべきで、それをもってそれまでの指示を撤回し、車発機の持ち帰りを積極的に容認したものとまでは認められない。

以上の結果、債権者が上司の業務命令に反して車発機等を持ち帰った行為は、債務者主張の就業規則等の各社内規則に違反するものと認めるのが相当である。

3  前記1において認定したとおり、JR東海労の「のぞみ」減速闘争に対する債務者側の対応は、その当不当はともかく、当初から明確であり、債権者が同闘争の対象者として指名されるまでに、すでに闘争開始から一か月半以上経過しており、組合分会の執行委員であった債権者はその時までに債務者の対応を熟知していたはずであること、債権者の「のぞみ」一九Aの受領拒否に伴う対策として大西助役や藤林助役が東京運転所に派遣されているし、債権者に手渡された仕業票にも東京運転所における受領拒否開始時刻が記載されていることから本件においても債務者の態度は従前と同様であることが、あらかじめ債権者にも判っていたこと、それにもかかわらず、債権者は、点呼に向かう際にも車発機等を持参しないなど最初から債務者の指示に従うつもりはなく、その後も上司の度重なる指示、説得に応じず最後まで拒否の姿勢を貫いたこと、たとえ債務者の指示が本来の業務の流れからすれば変則的であったとしても、一運転士が独自の判断でこれに反することを正当化することはできず、現に債務者の指示に反して車発機を持ち帰ったのは債権者一人であったことなどの事実に照らせば、債権者の右業務命令違反行為はその態様において必ずしも軽微なものではなく、これを理由に処分されてもやむを得ないというべきであり、本件処分は、その量定においても相当性を欠くものとまでは認められない。

したがって、本件処分が懲戒権を濫用するものであるとの債権者の主張は採用できない。

四  争点4について

1  債務者の就業規則上、転勤・転職等の命令につき「業務上の必要性」が要件とされているところ(二八条)、債務者は、前記認定の業務命令違反による車発機等の持ち帰り行為自体が運転士としての不適格性を示すものである旨主張する。

確かに、債権者が業務命令に反し独自の判断で行動した点は相当でなく、強く非難されるべきであるが、右の事態は争議行為という非日常的な機会に発生したものであること、債権者は日頃は真面目に乗務し(三年間無事故を継続すれば受けられる「運転無事故表彰」を受け、車掌としてトラブル処理した際に「所長即賞」を受けたこともある。)、業務上とりたてて問題を起こしたことはないこと(〈証拠略〉)、業務命令に反しているとはいえ、その後は日頃の作業標準に従って処理しており、殊更私的利益を図った訳ではないことなどの点に照らせば、前記業務命令違反の一事をもって直ちに運転士としての適格性を欠くと断ずることまではできない。

2  債務者は、運転士としての適格性に関する再教育等を行ったにもかかわらず、債権者がその後も反省の態度を示さないことを運転士としての不適格性の根拠の一つとしているので、以下この点について検討する。

疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(1) 債務者大阪運転所の大塚所長は、七月一〇日一七時二〇分ころ、大阪運転所に戻ってきた債権者を呼んで事情を聞こうとしたが、債権者が「処分するならしたらいいじゃないですか。」などと反抗的な言動を繰り返し、素直にこれに応じなかったため、翌日の勤務を日勤に変更し、車発機の持ち帰りにつき状況報告書を書いてもらうこととし、債権者にその旨伝えた。

(2) 債権者は、七月一一日、九時一五分ころから一五時ころまで、大阪運転所の一室(QC室)において、大塚所長の指示により、前日の出来事について状況報告書を作成するとともに、管理者の指示に従わずに大阪運転所まで車発機等を持ち帰ったことについての事由書を書き上げた。

(3) 大塚所長は、翌七月一二日も債権者の列車乗務を停止させて一日中QC室に出勤させ、債権者に対し、前日書き上げた状況報告書や事由書の内容について説明を求めたが、事実関係については大西、藤林両助役らの報告と食い違う部分があり、なによりも債権者が独自の見解により自己の行為の正当性を繰り返し主張し、業務命令違反という事実にまったく反省の態度を示さなかったため、運転士としての再教育を行う必要があると判断し、債権者の休日(七月一三、一四日)明けの七月一五日から四日間の教育カリキュラムを設定させた。

(4) 右カリキュラムの内容は、列車乗務員の作業標準(一五日)、兼掌業務の重要性について(一六日)、動力車乗務員作業標準、点呼の重要性について(一七日)、就業規則について、教育成果のまとめ(一八日)などというものであったが、債権者にはカリキュラムの全容は知らされておらず、七月二七日まで一日毎に当日ないしは翌日の予定を知らされるという状況であった。

そして、その再教育の実態は、一日の初めに管理者が資料を示して数分ないしは数十分程度指示説明し、その後は丸一日債権者の自習(資料の熟読)という形となり、時折管理者が顔を出し、反省をしたか否かあるいは心境の変化の有無を債権者に確認しに来るといったものであった。

(5) これに対し、債権者が従前どおりの主張を繰り返し、管理者とは平行線を辿ったため、さらに日延べで教育期間が延長されたが(休日を除いて七月二七日まで同様のことが続いた。)、債権者は、列車乗務を停止され、事実上の軟禁ともいえる状態に次第に苛立ち、管理者に対する態度、言葉づかいなども一層横柄なものとなり、管理者側との溝は益々深まるばかりであった。

(6) 債権者は、七月二六日ころに至り、東京運転所の管理者の指示に従わなかったことは間違いであったと反省し、謝罪したものの、それ以外の点については従前どおり誤りはない旨の主張に固執したため、債務者は、真摯な反省の態度とは認められないとして、翌七月二七日、本件命令等の通知書を債権者に交付した。

以上の事実によれば、債権者は、最後まで自己の意見に固執し、これを変更しなかったことが認められる。

しかしながら、債権者の車発機持ち帰り行為は争議行為という非日常的な機会に発生したものであり、そもそも債務者が受領拒否により正規の仕業を中途で打ち切るという変則的形態を採ったことが原因となっており、その当否については組合側と会社側との見解が分かれるのは当然で、債権者が一方の論理を主張することはある意味ではやむを得ないことである。

債務者は、運転士としての適格性のための再教育を行った旨主張するが、その実態は教育というには些か心もとなく、債権者を長期間にわたり一室に閉じ込め、反省文を書かせることが目的だったと思われても仕方がないような内容であり、債務者のかかる対応が債権者を一層頑にさせたとも考えられなくもない。

先にも認定したとおり、債権者は、これまでに管理者の指示に反抗したり、業務上問題を起こしたりしたことがないうえ、今回の件についても、最後には管理者の指示に従わなかった点については反省しているのであるから、今後とも職場規律違反を生じさせる蓋然性を認めるに足りる疎明はない。

3  また、債務者は、債権者が平成四年度に過剰金、不足金の誤扱いの件数が一〇件あり、うち不足金八件が大阪運転所でのワーストワンであるとして、現金管理業務の適格性に欠けるかのように主張するが、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、確かに債務者の主張事実が一応認められるものの、その金額、件数とも他の者に比較して著しく多いというほどではなく、これをもって現金管理業務の適格性に欠けるとまでは認められない。

4  さらに、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、これまで債務者大阪運転所において、新幹線運転士不適として他に配置転換した例が九例あるものの、そのうちの多くは身体的故障による医学的適正を理由とするもので、他の一例は業務中の不正行為を理由とするものであることが窺えることから、これらの事例に照らしても、本件においては業務上の必要性が希薄と認めざるを得ない。

5  以上の結果を総合すれば、債権者が新幹線運転士としての適格性に欠けるものと断定することはできず、本件の配置転換には業務上の必要性が認められないから(仮に債務者に相当広い配転権についての裁量権を認め、業務上の必要性を肯定したとしても、本件配転には債権者が業務命令に従わなかったばかりかその後も自己の主張に固執することに対する報復的要素が存在することは否定できず、かつ、長年新幹線に乗務してきた債権者から一方的にその機会を奪うことになるという債権者への影響をも考慮するときは)、本件命令は、人事権の濫用として、無効であるといわざるを得ない。

五  争点5について

疎明資料(〈証拠略〉)によれば、新幹線運転士と債権者の配転先の車両技術係とは、勤務時間、勤務体制及び職務内容がまったく異なること(債権者には車両所の構内運転すら認められていない。)、他方、安全、確実を要求される大量交通機関の運転士、とりわけ高速運行する新幹線の運転士にあっては、より高度の専門性を有し、特に「のぞみ」の運行に伴う設備、規程の改正等が進み、運転士としてはそれらに対応する技術、取扱手続等に熟達している必要があることなどの事実が一応認められる。

これらの事実によれば、債権者が長期間新幹線の運転から離れることによって運転技術や(車掌業務として)旅客への対応能力の低下等回復困難な不利益を被る恐れが認められるから、債権者が新幹線に乗務しないことの結果として一か月五万円程度の乗務手当等の減収となること(〈証拠略〉)をも合わせ考慮すると保全の必要性を認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、債権者の本件仮処分命令申立ては、主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 村岡寛)

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